尾崎放哉

1885 - 1926

尾崎放哉について

尾崎放哉は、種田山頭火と並んで、最も有名な自由律俳句の俳人です。尾崎放哉は、一八八五(明治十八)年に鳥取県に生まれました。第一高等学校、東京帝国大学と進学し、卒業後、東洋生命保険株式会社に入ります。
エリートコースを進んでいたが、大変酒に弱く、そのため会社を罷免させられます。晩年は小豆島の西光寺奥の院で寺男として暮らしました。
最後は小豆島の庵寺で極貧の中、ただひたすら自然と一体となる安住の日を待ちながら、俳句を作る人生を送りました。クセのある性格から周囲とのトラブルも多く、その気ままな暮らしぶりから「今一休」と称されました。その自由で力強い句は高い評価を得、代表的な句に、「咳をしても一人」などがあります。

尾崎放哉の作品