ドストエフスキー全書簡集5: 「白痴」の頃

海外での極貧生活、長女の誕生とその死

この本について

 この「ドストエフスキー全書簡集」は全体を十巻に分けてあります。以下のように分かれています。
 年毎に詳しい年譜をつけましたので、書簡集の内容を理解する手助けとなります。

一、ドストエフスキー全書簡集1
 一八三二年(一一歳)から一八五四年(三三歳)まで
二、ドストエフスキー全書簡集2
 一八五五年(三四歳)から一八五八年(三七歳)まで
三、ドストエフスキー全書簡集3
 一八五九年(三八歳)から一八六四年(四三歳)まで
四、ドストエフスキー全書簡集4
 一八六五年(四四歳)から一八六七年(四六歳)まで
五、ドストエフスキー全書簡集5
 一八六八年(四七歳)から一八六九年(四八歳)まで
六、ドストエフスキー全書簡集6
 一八七〇年(四九歳)から一八七二年(五一)まで
七、ドストエフスキー全書簡集7
 一八七三年(五二歳)から一八七五年(五四)まで
八、ドストエフスキー全書簡集8
 一八七六年(五五歳)から一八七七年(五六)まで
九、ドストエフスキー全書簡集9
 一八七八年(五七歳)から一八七九年(五八)まで
十、ドストエフスキー全書簡集10
 一八八〇年(五九歳)から一八八一年(死去)まで

 この本は、その5にあたります。

 この古典教養文庫版の「ドストエフスキー全書簡集5: 「白痴」の頃」には、次のような特長があります。

  1. 現在では使われない言い回しや言葉は、現在普通に使われる言葉に置き換えました。現代人には意味の取りにくい文は、平易な文に書きなおしました。しかし、その場合でも原訳の高い格調はできるだけ損なわないように最大限の配慮をしました。

  2. 原文で触れられた場所、人物、絵画などを中心に、関連する画像を、著作権フリーのものにかぎって、いくつか挿入しましたので、より興味深く読み進めることができます。

  3. わかりにくい言葉や、登場人物、でき事、作品などについての適切な注を、編集者が割り注の形で入れましたので、本文の理解が深まります。

ドストエフスキー全書簡集5: 「白痴」の頃について

A・N・マイコフへ(一八六八年五月十八日)
 尊き友アポロン・ニコラエヴィチ、お手紙ありがとう。
 そして、貴兄が私に立腹されることなく、文通を続けてくださることを感謝します。私は常に心の奥のほうで、アポロン・マイコフは決してそういうことをしないと、確信しておりました。うちのソーニャは死にました、三日前に葬りました。死ぬ二時間前まで、あの子が死のうとは思いませんでした。医者も臨終の三時間前まで、大分よくなったから、大丈夫助かりますといったほどです。たった一週間のわずらいでした。肺炎で死んだのです。ああ、アポロン・ニコラエヴィチ、自分の初児に対する私の愛情が滑稽であってもかまいません。私に祝いを述べてくれた多くの人に答えて、いろいろ滑稽な言葉を並べましたが、それだってかまいはしません。それらの人たちの目に滑稽に映ったのは、ただ私一人だけなのですから。しかし、貴兄には、貴兄には書くことを恐れません。あの生まれて三月にしかならぬいたいけなもの、あのかわいそうなほど小さな生きものが、私にとってはすでに一個の人間であり、性格であったのです。あの子は私の見分けがつきはじめて、私を好きになり、私がそばへ寄ると、にこにこ笑っていました。私が自分のおかしな声で歌をうたうと、喜んでそれを聞いていました。私がキスしても、あの子は泣きませんでした。私がそばへ寄ると、泣きやみました。ところが、今はみんなが私を慰めようと思って、まだこれからお子さんはできますよ、といいますが、ソーニャはどこにいるのでしょう? あの小さな個性はどこにいるのでしょう? 私はあえて申しますが、あれが生きていてくれるためなら、十字架の苦しみさえ立派に受けます。しかし、もうこの話はよしましょう。妻は泣いています。明後日はいよいよあの子の小さな墓と別れて、どこかへ越して行きます。……
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底本

 ドストエフスキイ全集 17
   訳者 米川正夫
   河出書房新社
   昭和四十五年十一月三十日 初版発行
   昭和五十六年六月八日  第八版発行

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