9月5日にレーゲンスブルクを立ったゲーテは翌日ミュンヘンに到着します。
ここでゲーテは「絵画館」(今は「アルテ・ピナコテーク」と呼ばれる。世界でも最古の部類に属する公共美術館。バイエルン王家ヴィッテルスバッハ家の収蔵品を市民を対象に展示する目的で作られた。次の写真。)を訪れます。
(以下古典教養文庫版「イタリア紀行(上)からの引用)
「・・・ここでは、しんみりとした気持ちにはなれなかった。自分は眼をもっと絵画に馴らさなくてはならない。なかなか立派な作品がある。リュクサンブール画廊にあるルーベンスの素描(注 メディチ家のマリアの生涯を題材にして、リュクサンブール城のために描いたもの。)の模写は大いに私を喜ばせた。
ここには、また上品なおもちゃ細工——トラヤヌス記念柱の模型(注 ローマ皇帝トラヤヌスが建てた記念柱の模型。ローマにある実際のトラヤヌス記念柱は、40メートルの巨大なものである。)がある。地石は瑠璃、人物は鍍金である。いずれにしても立派な細工で、見る人の眼を喜ばせている。
古代品陳列室(注 選帝侯マキシミリアン一世の建てた古城内にある。)へ入って私は、そこに陳列されてある物を見る眼が自分にはまだできていないのをつくづく感じた。それ故に、私はそんなところでぐずぐずして時間をつぶそうとは思わなかった。何故そうであるかははっきり言えないが、一向私の心に訴えないものが多かった。「ドルスス」の一つの像が注意をひき、「アントニウス」の像が二つとも気に入り、その他に二三おもしろいと思ったものがあったにすぎない。たとえこういう品物が装飾にするつもりで並べられてあるにしても、また美術家——むしろ円天井の穴蔵と言った方がよいのでは——はもっと清潔にもっとよく手入れさえすれば立派に見えるような室であったにしても、とにかく大体において陳列法は成功していない。博物陳列室では、ティロルの立派な産物を見たが、それは小さな標本ですでに私が知っており所有しているものだ。